鈴鹿サーキットにTANNOY VLSスピーカーが100本以上導入:爆音下で10万人の観客にアナウンスを届ける一大プロジェクト

日本が世界に誇るレーシングコース「鈴鹿サーキット」の東コース一帯の観客席の音響システムが更新され、TANNOYのラインアレイスピーカー VLSシリーズが合計100本以上導入されました。
F1などの大規模なレース開催時には、鈴鹿サーキットには1日に10万人もの観客が来場します。これはサッカーのFIFAワールドカップ決勝戦の観客数(2025年度は約8.2万人)をはるかに超える数です。今回の改修は2期にわたるプロジェクトで、この記事は5.8kmにも及ぶコースの各所に点在するすべての観客にレース実況の情報を届けるための音響システム改修、その第一期工事の記録です。
鈴鹿サーキットとは
鈴鹿サーキットは、1962年に本田宗一郎氏の発案で本田技研工業(ホンダ)が建設した、日本初の本格的な舗装レーシングコースです。モータースポーツの最高峰であるF1日本グランプリをはじめ、鈴鹿8時間耐久ロードレースやIntercontinental GT Challengeなど、多岐にわたるレースが年間を通じて開催されています。
当時まだ日本に存在しなかった高速道路の設計にサーキットの舗装技術が活かされるなど、鈴鹿サーキットは日本のモビリティの発展と私たちの生活に深く関わる歴史的に重要な施設です。現在はホンダモビリティランドが運営しており、アミューズメントパーク「鈴鹿サーキットパーク」も併設。モータースポーツファンからご家族連れまで、幅広い人々で常に賑わいを見せています。
プロジェクトは2期に分けて進められました。まず第一期工事として、サーキット東側のスピーカーが更新されました。VLSスピーカーが導入されたのは、サーキット東側の観客席(図【12】Astemoシケインから【2】1コーナーまで)4エリアです。

グランドスタンドからの眺め。サーキットすぐ横のフェンスの支柱にVLS30が1本ずつ取り付けられているが、ほぼ見えない。
元々設置されていたトランペットスピーカーは合計86本のVLS30に置き換えられ、グランドスタンドの屋根から音を届ける形で設置されたスピーカーはVLS15が30本に更新されました。(※第二期工事は2025年末に開始予定で、西側エリアのトランペットスピーカー約90本が全てVLSスピーカーに更新される予定です。)
■実況について
サーキットでのスピーカーの主な用途は、実況アナウンスとレースの合間に流れるBGMです。特にレース中は独自の場内実況が常に流れており、広大なサーキットの死角で起きているレースの展開も観客に伝わるよう、テレビ放送よりも圧倒的に多い情報量が実況されています。この実況こそが、レースを楽しむ観客の興奮をさらに高める重要な要素となっています。
今回の音響更新について、ホンダモビリティランド株式会社の信清友邦氏と、鈴鹿サーキットの音響の運営管理を担当する㈱エムケイエスの松本すみと氏にお話を伺いました。
まず、今回の改修に至った理由を信清氏に伺いました。信清氏はお客様やレース参加者に対するマネジメントを担当されています。
「グランドスタンドから離れた場所には、ベンチシートや土の上にシートを敷いて観戦していただく席もあります。鈴鹿サーキットには、そうした厳しい条件でも高額なチケット代を払って観に来てくださるお客様が大勢いらっしゃいます。私たちは、音を含めたあらゆる環境を整えることで、お客様の満足度を高め、その価値を感じていただくことが重要だと考えています。もちろん、音以外の部分も改善を続けています。」
信清氏からスピーカー更新のプロジェクトを受けたのは、鈴鹿サーキットの音響を誰よりも知り尽くした松本氏でした。
スピーカー選定にあたり、VLS15とVLS30、そして他社製品2機種の合計4機種が候補に挙がりました。松本氏はそれらをサーキットに持ち込み、レーシングマシンのスポーツ走行が行われているそばで、1本ずつ交代で声によるワンツーテストを行いました。その結果、マシンのエンジン音によってスピーカーからの音が聞こえなくなる状況下でも、VLS30はかろうじて声を聞き取ることができたということです。
鈴鹿サーキットをスポーツ走行する車両の音量は、各種規定があり、おおよそ105dB以下が基準となっています。マシンはそれに匹敵する音量を出し続けながら複数台でサーキットを周回しています。スピーカー選定のワンツーテストは、このような過酷な環境下で行われました。

観客の目の前をマシンが駆け抜けていくこの直線コース。サーキットの公式記録では、マシンの最高時速は270kmに達しています。


VLS15
最終的に、コース側から客席に向けられるスピーカーにはVLS30、グランドスタンドの屋根近くから音を届けるスピーカーにはコンパクトなVLS15が採用されることになりました。
この選定の決め手について、松本氏は次のように語ってくださいました。
「VLS30は声が非常にクリアによく通り、アナウンスもきれいに聞こえます。また、非常に細く目立ちにくいのも良かった点です。お客様はレースを観戦しに来ているため、スピーカーが視界を遮ってはいけません。加えて、365日風雨にさらされる環境に耐えられるよう、IP55以上は必須でした。」
(VLS 30はIP65に準拠。耐腐食性ステンレススチールグリルを採用しており、錆にも強い仕様です。)
スピーカーの選定後には、設置場所の検討が行われました。当初、グランドスタンドには2Wayバスレフ型スピーカーが設置されていましたが、その他の客席にはごく少数のトランペットスピーカーが設置されているだけでした。
松本氏は施工会社のA&V社の技術者と共にサーキットを歩いて見て回り、最終的にトランペットスピーカーと同じ本数のVLSを設置することが決定されました。
スピーカーの施工には、A&V社が独自に製作した金具が使用されています。冬から4月にかけて強い風が吹きつける鈴鹿サーキットでスピーカーが安全に設置できるよう、さまざまな工夫が凝らされたとのことです。

VLSスピーカーへの音声信号は100Vラインで伝送されるため、予備も含めてLAB.GRUPPEN E40:4× 13台で賄われる。
音響調整はlake LMX48で精密に行われている。
スピーカーの設置後には、松本氏と共に鈴鹿サーキットの音響オペレーターを務める技術者が音響調整を行いました。まずグランドスタンドでは、ワイヤレスマイクを使い、スピーカーの傾きを1本ずつ微調整する作業が丁寧に進められました。松本氏は、会場が広いため、遠くに設置されたスピーカーから音が遅れて届いてしまうことに対し、可能な限りの対策を施したとのことです。総数約100本に及ぶスピーカーの角度調整と音響調整は根気のいる作業でしたが、結果的には理想に近い状態にまで仕上げることができました。音響調整のオペレーターは、「VLSだからこそ、ここまで頑張れた」と満足げだったそうです。
信清氏に、スピーカー改修後の観客の反応を伺いました
「鈴鹿サーキットではご来場いただいたお客様にアンケートを取らせていただいています。これまでは『実況が聞こえない』という回答も多くあったのですが、VLSが導入された場所で観戦されたお客様からは、そのような回答は無くなりました。ゼロです。」
最後に、お二人にVLSスピーカーを導入した感想を伺いました。
松本氏:
「私は、サーキットはテーマパークのような(夢の)世界だと捉えています。その世界の中で一日過ごしていただくために、VLSは役立っていると思います。お客様はレース内容だけでなく、観客席の居心地や売店の食べ物の味など、さまざまなことを含めて来てよかったと感じていただきたいと思っています。VLSが提供する音もその要素の一つです。お客様が鈴鹿サーキットで作る思い出と、その空気感をこの音が作り出してくれていると思います。お客様はレースを観戦しに来ているのであって、音を聴きに来ているわけではありません。しかし、この音があるおかげで、サーキット全体の質が上がったと私は感じています。このような仕事を任せていただけて大変光栄です。」
信清氏:
「改修後に初めて音を聞いた時は、音量、音圧、そして音質がこれまでとは全く違うと感じ、感動しました。導入後は、実況の声だけでなく、BGMも大きく変わりました。レース後には余韻を楽しむお客様が多く、その時に流れるBGMがとても心地よく感じられるのですが、その質も上がりました。レースの前後や合間の心地よさの質が上がったと感じています。お客様はレースを楽しみに来ているので、音が良くなったという直接的な反応はありませんが、心のどこかで音を感じていただき、『一日楽しかった』と思ってもらえたら嬉しいです。大成功だったと感じています。」
加えて、松本氏は2025年末に予定されている第二期工事についての意気込みを語ってくださいました。
「西側は構造物がなく開けた場所が多いですが、お客様にしっかりと音を届ける必要があるからといって、スピーカーのためだけに視界を遮る構造物を作るわけにはいきません。サーキットのスピーカー設置は、こういった点が非常に難しいと感じています。そのため、A&VさんにはF1開催日に客席を歩いて回ってもらい、お客様がどのようにレースを楽しんでいるかを見てもらいました。次の工事ではその経験を活かした提案をしてくれることを期待しています。」

右:信清友邦 氏 / ホンダモビリティランド株式会社 モータースポーツ事業部 モータースポーツ課 主幹
左:松本すみと 氏 / ㈱エムケイエス
お話によると、F1レースは他のスポーツ同様エンターテイメント性にも注目し、より観客が楽しめるレースへと進歩しているということです。鈴鹿サーキットの音響改修は、新しいレース体験の受け皿になるための一歩なのかもしれません。大興奮のレースに加えて、その前後の空気感までも楽しめるようになった鈴鹿サーキットに、ぜひ一度足を運んでみてください。
鈴鹿サーキット
https://www.suzukacircuit.jp/
株式会社エーアンドブイ(施工)
https://aandv.co.jp/